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「食」文化発祥の地塩尻!

「そば切り発祥の地」碑

歴史に残る、
そば切り発祥の地

現在でこそ「そば」は細く長く切ったものですが、江戸時代初期頃までは団子やそばがきとして食べられていました。
現在のそばを切って食べるというスタイルは塩尻市の本山宿が発祥とされています。
「蕎麦切りといっぱ(いうのは)、もと信濃国本山宿より出て、あまねく国々にもてはやされる。」と宝永2年(1705)の雲鈴の随筆「風俗文選」にも記されています。

そば切りの技術

古の旅人を慰めたその昔から
守られ受け継がれてきた技術

中山道を往来する旅人の旅情を慰め、勇気づけたそば切りの技術は塩尻本山宿から全国へと広がりました。
現在も塩尻では古来の技術の伝承・保存を図る有志が運営する店、生産者が自らそばを打つ店、自家製紛にこだわる店などがあり、好みの味を求め食べ歩きするのも楽しみの一つです。

山賊焼

特製ダレに漬け込んだ鶏肉を
揚げたてで召し上がれ!

鶏肉1枚まるごと特製ダレに漬け込み豪快に揚げた郷土料理山賊焼!塩尻が発祥なんです。
今も昔からの味を守り続ける山賊焼の店、その名も「山賊」。初代店主夫妻が苦心の末、調理方法を完成させました。当時の映画「七人の侍」のシーンで、にわとりをほうばる山賊の姿、近くに峠がある立地、更には何と!夫妻ともに山賊のような風貌をしていたことから店名を「山賊」と名付け、料理を「山賊焼」としたと言われています。

山賊焼

貴重な鶏肉を豪快に味わえたことが
人気の秘訣

当時は鶏肉は大変貴重で少量しか手に入らなかった為、地酒を2合注文しないと食べられませんでしたが、このことが評判を呼び人気を博し広く知られていきました。
現在市内では山賊焼を提供する店も増え当時のスタイル(骨付き)のまま提供している店、骨を取り除いている店、独自にアレンジを加えている店もあり、食べ比べてみるのもお薦めです。