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スポット情報

塩尻宿

中山道起点の板橋宿から30番目の宿場、塩尻宿。中山道の中でも最も旅籠の多い宿場としてにぎわいました。小野家は現在、国の重要文化財に指定されています。
塩尻宿

基本情報

住所 塩尻市塩尻町
駐車場 専用駐車場はありません。塩尻東地区センターの駐車場をご利用ください。
その他 宿場内は通行にご注意ください。

塩尻宿は、江戸から58里余 起点の板橋宿から数えて30番目の宿で、下諏訪宿へ2里33町、洗馬宿へ1里30町の道のりです。

下諏訪宿から三沢峠・小野宿・牛首峠を越え贄川宿に至る旧中山道が、慶長18(1613)年に廃止され、慶長19(1614)年から新たに下諏訪宿から塩尻峠を越えて塩尻宿・洗馬宿・本山宿を経て木曽に向かう新しい中山道が造られました。

現在の塩尻宿は既成集落ではなく、当時五千石街道沿いにあった塩尻宿(古町付近)や近郷から人々を移して宿場づくりがされました。
宿場づくりに当たって、古町にあった長福寺(現在の永福寺)を移転し、明神平の阿礼神社を遷座しています。

宿の中央南側には上問屋・本陣・脇本陣・陣屋、北側には下問屋・問屋場があり、問屋場には高札場が設けられ、宿の東端には寛永年間から松本藩の口留番所が設置されていました。
また、脇本陣の西側には享保10(1725)年から18年間塩尻陣屋が置かれ、信濃国5万3千石を支配しました。

宿の区画は平均3~4間口が基準となっており、天保14(1843)年には家数166軒、うち旅籠は街道の分岐点で塩尻峠を控えているため75軒と信州26宿のうち最大であり、また、本陣川上家の建坪は367坪で中山道随一の規模でした。
文政11(1828)年と明治15(1882)年の大火で宿の大部分を焼失しましたが、宿内には、国重要文化財の小野家(※1)や堀内家(※2)があり、近隣には塩尻峠茶屋本陣(※3)、東山一里塚(※4)、首塚・胴塚(※5)などがあります。

※ 1 塩尻陣屋跡の正面にあり、屋号「いてふや」嘉永3年頃の建築
※ 2 江戸時代名主だった家で、18世紀後半の建築で本棟造りの民家
※ 3 大名休憩の茶屋本陣 主屋は寛政年間の建築で和宮通行の際の休憩所となった
※ 4 東山一里塚 塩尻峠下に1基残る。北の山は「いの字山」
※ 5 柿沢集落にあり、天文17(1548)年武田軍と小笠原長時の塩尻峠の激戦で戦死者を葬った塚

 

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